情報と知識を扱うAI研究の主要領域と技術動向
対象期間:2024年10月から2026年10月6日 作成日:2026年10月6日
文書理解、情報抽出、データ統合、知識表現、知識グラフ、情報検索・質問応答を対象に、各研究領域が何を解こうとしているか、最近の技術がどこへ向かっているかを整理する。特に、何の精度を上げたいのか、どの条件への対応を広げたいのか、その成果を何で測るのかを軸に読む。
複数領域を通じて見えるのは、LLMを既存の検索・専用モデル・形式的制約・人の判断と組み合わせる研究の広がりである。情報抽出では少ない教師データと未知分野への適応、文書理解では画像・配置・長い文書の扱い、知識工学では意味の一貫性と保守、RAGでは証拠を探して使い切る能力が課題になっている。単一モデルの規模だけで比較すると、この違いを見落とす。情報抽出サーベイ、文書理解サーベイ、RAGと推論のサーベイ、P12
構造化という呼び方を変更した理由
「構造化」は、文章から項目を取り出す、表の行列を復元する、概念の分類体系を作る、関係をグラフにする、といった操作を説明する言葉として有用である。ただし、今回扱う範囲全体を単一の確立した研究領域名として「構造化」と呼ぶのは適切ではないと判断した。
判断の根拠は、研究コミュニティの区分と、研究ごとの目的・評価の違いにある。ACL 2025の募集分野は情報抽出、情報検索・テキストマイニング、質問応答を区別している。ACL 2026では情報抽出と検索を同じ項目にまとめつつ、検索拡張言語モデルや推論を別の項目にも掲げる。ESWC 2025は知識表現、オントロジー、知識グラフとその管理を扱い、SIGMOD 2025はデータ統合、スキーマ対応付け、データ品質などを扱う。区分には重なりと変化があるが、目的を分けて議論する点は共通している。
一方、KDD 2025には検索と構造化を統合する「Retrieval And Structuring」というサーベイも存在する。この用語の使用は確認できるものの、著者が提示する統合的な見方であり、関連分野すべてがこの名称で統一されたことを意味しない。P13
このため、表題を「情報と知識を扱うAI研究の主要領域と技術動向」とした。これは調査対象を説明する表題であり、新しい研究分野名の提案ではない。以下の6領域も、一般的な分野名に沿った本レポートの編集上の整理であり、学会共通の公式な六分類ではない。
同じ情報でも研究の問いは異なる
例えば、説明用の架空の文「A社は2025年に製品Bを発売した」がPDFの表に載っているとする。
| 研究の問い | 主に関係する領域 |
|---|---|
| どの文字がどのセルに入り、見出しとどう対応するか | 文書理解と表認識 |
| 発売した会社、製品、年月を漏れなく取り出せるか | 情報抽出 |
| 別の表の「メーカー」と「販売元」は同じ列として統合できるか | データ統合とスキーマ対応付け |
| 「発売」と「製造」をどのように区別し、何を関係の主体にできるか | 知識表現とオントロジー工学 |
| 別文書のA社と同一企業に結び、出典と時点を保持できるか | 知識グラフ構築と管理 |
| 「2025年に発売された製品」を正しく検索し、根拠付きで回答できるか | 情報検索と質問応答 |
表やJSONは情報の表現形式、スキーマは項目・型・制約の定義、オントロジーは概念・関係・必要に応じて公理を明示する知識モデル、知識グラフは実体や概念と関係を結ぶ表現である。役割は重なることもあり、表からグラフへ進むほど必ず高度になるという順序はない。P05、P07、P13
研究領域の全体図
図は研究間の接点を示す。矢印は必須の処理順序を表さない。文書を直接検索するRAG、既存の表を統合する研究、既存オントロジーを改良する研究など、それぞれ単独でも成立する。図を拡大
| 領域 | 共通して解きたい問題 | 近年の主要な方向 | 評価の中心 |
|---|---|---|---|
| 文書理解・文書解析 | 文字、配置、表、図を含む意味を正しく取り出す | 視覚と言語の統合、OCR併用と画像直接処理、複数ページへの拡張 | 文字・表・読み順の正しさ、文書QA、速度 |
| 情報抽出・テキストマイニング | 必要な実体・関係・出来事を少ない教師データで取り出す | 生成型・統一型IE、合成データ、専門モデルとの協調 | 抽出の適合率・再現率、未知分野への汎化、処理量 |
| データ統合・表処理 | 異なる列・値・実体を対応付け、分析可能にする | 候補検索とLLM照合、人の意図確認、ツール実行 | 対応付けの正しさ、変換結果、作業時間・コスト |
| 知識表現・オントロジー工学 | 概念・関係・制約を一貫して定義し、再利用する | LLMによる設計支援、既存語彙の検索利用、形式的検証 | 概念・関係の正しさ、整合性、要求への充足 |
| 知識グラフ構築・管理 | 分散した事実を同定・統合し、根拠と鮮度を保つ | 抽出と名寄せの統合、増分構築、出典・文脈の保持 | トリプル精度、重複・矛盾、更新コスト、利用効果 |
| 情報検索・質問応答とRAG | 必要な証拠を集め、それに基づいて正しく答える | 検索と推論の反復、グラフ併用、マルチモーダル検索 | 検索品質、回答正確性、忠実性、回答保留、費用 |
この表は、サーベイと個別研究の照合による横断的な整理である。根拠は各節に示す。「主要な方向」は研究上繰り返し現れるアプローチを指し、採用率や市場シェアの順位ではない。
文書理解と文書解析
共通課題は文字と配置を合わせて理解すること
Document Understanding、Document AI、Visually Rich Document Understandingでは、PDFや帳票に含まれる文字だけでなく、位置、読み順、表のセル結合、図と説明文の対応を扱う。「売上高」という文字を読めても、どの会社・年度・単位に対応する値かを誤れば、後の抽出や回答も誤る。P08、P24
研究対象には、文書を機械可読な形式へ変換するDocument Parsing、画像の表を復元するTable Recognition、文書に質問して答えるDocument VQAがある。表の画像を正しく復元する課題と、復元済みの表で集計・推論する課題は評価を分ける必要がある。P05、P27、P28
技術動向はマルチモーダル化と長文書への対応
2026年の文書理解サーベイは、外部OCRの文字・座標を使う方式と、文書画像を直接モデルに渡すOCR-free方式を主要な系統として整理している。前者にはOCR誤りの伝播、後者には小さな文字を読むための高解像度化と計算量という課題がある。文書の種類によって得失が変わる。文書理解サーベイ、P08
具体的には、座標・画像・文字の効率的な融合、画像の分割と圧縮、レイアウトを保った学習、合成データによる指示学習が研究されている。DocLayLLMはOCRテキスト、座標、画像パッチをLLMに与える。TABLETは表の分割とセル結合を専用のencoderで処理する。両者は改善する箇所が異なり、生成型モデルだけが選択肢ではない。P26、P28
検索側にも、ページ画像を直接検索表現にする流れがある。2025年の文書検索サーベイは、画像を説明文へ変換する方式、マルチモーダル埋め込み、検索から回答まで画像を使う方式を比較している。焦点は、変換で失う情報と、画像を保持する際の検索コストの兼ね合いである。文書検索サーベイ
到達点と残る課題
OmniDocBenchは文字、数式、表、読み順を分けて評価し、文書タイプによって手法の順位が変わることを示した。ここから得られる判断は、「PDFを読める」という一つのスコアでは用途を選べないということである。複数ページにまたがる証拠、手書きや複雑な表、多言語、画像の根拠位置を伴う回答が引き続き課題になる。P24、P08
日本語のOCR2Corpusは、OCR結果をルール処理と学習したRefinerで整え、LLM学習用のコーパスを作る。文書理解の成果は質問応答だけでなく、学習データの品質にも関係する例である。P65
情報抽出とテキストマイニング
共通課題は抽出精度と新しい対象への適応
Information Extractionの代表的な課題は、固有表現認識、関係抽出、イベント抽出である。「何が書かれているか」を一定の単位と型で取り出す。文書中の対象をどこまで拾えるか、否定・時点・条件を保てるか、未知の型や専門用語にも対応できるかが問題になる。P01、生成型情報抽出サーベイ
テキストマイニングには分類・トピック分析なども含まれる。TELEClassは分類階層と少ない監督情報を使って文書分類器を作り、Textual Factorsは文書を解釈可能な数値因子に変換して分析する。これらはグラフ構築を必須としない、隣接する研究の例である。P39、P14
技術動向は生成型への展開とモデルの協調
近年のサーベイが扱う大きな流れは、タスクごとに出力層を設計する方式に加え、指示やスキーマを与えて実体・関係を生成させる方式、複数の抽出タスクを一つの枠組みで扱うUniversal IEである。少数の例による適応、LLMを使った教師データ生成、追加学習、出力制約を組み合わせる。P01、生成型情報抽出サーベイ
ただし、プロンプトだけで全ての専用モデルを置き換えるという結論にはならない。LLMに例や注釈を作らせ、実行時には小型モデルを使う協調方式も研究されている。Self-Promptingは関係抽出用の多様な例を生成し、似た例を推論時に渡す。単純に合成例を増やすだけでは逆効果になる条件も報告している。P20
到達点は条件付きで精度と汎化が改善する段階
臨床ノートの比較研究では、追加学習したLLaMA-3-70Bの未見機関データに対するNERのF1は0.872、BERTは0.798だった。一方、同研究の比較ではBERTの推論がLLaMA各種より5〜28倍速い。抽出精度、機関間の汎化、計算量を別々に評価する必要がある。これは当該モデルとデータの実験結果であり、現在の全モデルの順位ではない。P22、原資料のTable 2と速度評価
日本語の特別損失開示200件の研究では、Headerの完全一致率は0.960〜0.980だったが、文書全体の総合一致率は最大0.175だった。金額を取ることに比べ、損失が見込みか確定か、どの範囲に適用されるかの解釈が難しい。項目単位の高得点から、文書全体が正しいと判断することはできない。P62、原資料の評価
主な未解決課題は、文・文書をまたぐ関係、細かな意味の区別、未知のスキーマや分野への適応、注釈の曖昧さ、再現率と誤抽出の両立である。適合率は「出したものの正しさ」、再現率は「必要なものを拾えた割合」、F1は両者をまとめる指標として使われるが、型・境界・関係の何を一致とするかで値は変わる。P01、P22
データ統合と表処理
共通課題は形式と意味の異なるデータをつなぐこと
Data Integration、Schema Matching、Entity Resolution、Data Wranglingでは、同じ意味の列を対応付ける、同じ実体のレコードを同定する、値や単位を揃える、変換手順を作る、といった課題を扱う。元のデータが既に表形式でも、列の意味や組織固有の定義が違えば統合できない。SIGMOD 2025の募集分野、P29、P54
Table Processingには、表の意味理解、質問応答、集計、変換、分析も含まれる。スキーマやセルをテキストとして並べる際に行列の関係が失われること、数値演算を正しく実行すること、処理する表を文脈長に収めることが課題になる。P05
技術動向は候補の絞り込みと意味判断の分担
Magnetoは小型モデルで列対応の候補を検索し、LLMで候補を並べ替える。列名だけでなく型や値の例も利用し、学習用の列の言い換えをLLMで生成する。全列の全組合せを大きなモデルに判断させるコストを抑えながら、意味を使った照合を目指す。P29、PVLDB掲載論文
別の方向は、人が指定した変換意図を確認し、実行できる操作へ落とすことである。Dangoは曖昧な指示を質問で明確化し、生成した変換手順を説明・修正できるようにする。ここではモデルの正答率に加え、人の作業時間や誤りが評価対象になる。表処理のサーベイも、LLMがSQLやPythonなどのツールを使う計画・実行を扱っている。P54、P05
未解決課題は企業固有の意味と実データへの汎化
CIDR 2025の企業データ統合研究は、公開Web表と企業データの違いを問題にしている。列型注釈の比較では、対象手法のmacro-F1が公開ベンチマークVizNetで0.89、企業由来のGobyで0.71だった。データセットの難しさが異なるため、その差を単一要因に帰することはできないが、公開データの成績をそのまま社内データへ移せない具体例になる。Mind the Data Gap
列の意味が非公開の業務定義に依存する場合、値だけから推測できる範囲には限界がある。また、検索段階で正しい対応候補を落とすと、後段のLLM照合で回復できない。対応付けの順位・再現率、変換の正しさ、統合後の品質、費用を分けて測ることが重要になる。P29
知識表現とオントロジー工学
共通課題は概念と関係を明確に定義すること
Knowledge Representationは知識を表し、推論に用いる広い領域である。Ontology Engineeringは、その中で概念、関係、制約を設計し、共有・再利用する活動を扱う。Ontology Learningは、テキストやデータからそれらを学ぶ研究である。概念の名前と上下関係だけを作る場合と、排他性や関係の制約などの公理まで作る場合では難しさが異なる。ESWC 2025、P07
「犬は動物の一種」のような分類階層、個体についての事実、制約から新しい結論を導く形式的推論も区別する必要がある。本節で主に扱うのはLLMによるオントロジーの設計・学習・対応付けであり、知識表現研究全体を網羅するものではない。
技術動向は既存知識と要求を使った設計支援
DRAGON-AIは、既存オントロジーの似た用語を検索して、用語の定義や関係を補う。Ontology Generation Using Large Language Modelsは、「このオントロジーで何に答えられるべきか」というCompetency Questionと利用場面の記述からOWLの下書きを作る。Agent-OMは、二つのオントロジーにある概念・プロパティの対応付けを、検索とLLMによる検証で行う。P30、P34、P35
これらに共通する方向は、既存語彙、設計要件、対応候補をLLMへ渡し、制約された範囲で提案させることである。生成された概念や関係が自然な文章に見えることに加え、設計要求を満たすか、不要な要素や矛盾がないかを確認する必要がある。P34
到達点はタスクと分野によって大きく異なる
LLMs4OL 2025は、用語と型の抽出、用語の型付け、分類階層の発見、非階層関係の抽出を別タスクにした共有評価である。最高F1でも型付けのB1は0.9425、分類階層のC9は0.0485、非階層関係のD2は0.0084だった。同じ「オントロジー学習」の中でも難易度と参加状況が違い、平均順位だけでは能力を説明できない。上位のシステムにはLLMと検索・埋め込みなどを組み合わせる構成が見られる。P38、原資料のTable 3
既知の単語を無意味語に置き換えると階層関係の判定が大きく低下する評価もある。これは、正解が文書から関係を読み取った結果なのか、事前学習した語彙知識によるものかを切り分ける必要性を示す。P37
残る課題は、深い階層や複雑な制約、専門分野の用語、未知オントロジーへの適応、継続的な変更である。評価には関係の適合率・再現率だけでなく、論理的整合性、要求を満たす割合、専門家の判断を含める。P07、P34、P38
知識グラフの構築と管理
共通課題は事実の抽出後も続く
Knowledge Graph Constructionでは、文書から実体と関係を取り出すことに加え、同一実体の統合、関係名の揺れの解消、既存知識との照合が必要になる。Knowledge Graph Managementでは、出典、更新、問い合わせ、品質などを扱う。グラフを作れたことと、正しい知識を持続的に管理できることは別の達成条件である。ESWC 2025、P03、P40
技術動向は抽出と統合の連携および文脈の保持
iText2KGは、既存グラフと実体・関係を照合しながら新しい文書を追加する。CoDe-KGは、複雑な文を分割し、同じ対象を指す表現を解決してからトリプルを抽出する。OneNetは、文中の表記を既存の知識ベースの実体に結び付ける。生成した関係を蓄積する前後に、同定・正規化の処理を組み込む方向である。P40、P43、P55
専門分野では、出典や条件を関係に付けることも重要になる。精神疾患に関するMDKGは条件・対象集団・出典などを持つ知識を構築し、専門家の検証と組み合わせる。美術館の事例では、専門家が注釈した知識をLLMで再度グラフに取り込み、修正・統合する。後者は実践例であり、グラフ品質の定量的な優位までは示していない。P42、P60
到達点と残る課題
研究には、作った関係の正確さを測るもの、重複を測るもの、検索や予測の効果まで測るものがある。辺の本数や抽出量が増えたことだけでは品質を判断できない。文書に明示された事実、モデルが推測した関係、欠けた関係を予測するKnowledge Graph Completionの結果は、根拠の性質が違う。P03、P40、P42
今後の課題は、誤った同一視、矛盾する出典、時点や条件による事実の変化、大規模な更新と検証コストである。増分構築の研究は確認できるが、矛盾解消や履歴管理まで一括して完成したとする根拠はない。2026年のKG構築サーベイも補足資料に含めたが、要旨のみのため、比較実験の詳細は本節の結論に用いていない。P02、P11
情報検索と質問応答におけるRAG
共通目標は必要な証拠に基づく回答
Information Retrievalは、情報要求に合う資料や根拠を探す研究である。Question Answeringは質問に答える研究であり、RAGは外部から検索した情報を生成モデルに渡す構成である。RAG研究には検索を改善するものと、取得した情報の利用・推論・検証を改善するものが含まれる。ACL 2026、RAGと推論のサーベイ
「検索精度か、推論能力か」という問いへの答えは、RAGの目的を実現するための異なるボトルネックとして、両方が研究されているということである。さらに、根拠不足のときに答えを保留する能力も評価される。次の区分で論文を読むと、手法が解決する箇所が明確になる。LIT-RAGBench
| 課題 | 典型的な失敗 | 改善の対象 | 評価の例 |
|---|---|---|---|
| 証拠の取得 | 必要なページを検索できない | クエリ、埋め込み、再ランキング、検索単位 | Recall@k、順位指標、根拠チャンクの適合率・再現率 |
| 証拠の組合せ | 別々の文書にある前提をつなげない | 問いの分解、追加検索、グラフ探索、文脈整理 | 多段QAの正答、根拠の網羅性 |
| 根拠への忠実性 | 正しい資料があるのに、そこにないことを答える | 根拠照合、回答検証、内部知識との衝突処理 | 支持される主張の割合、引用・忠実性評価 |
| 計算と条件判定 | 年度や条件を混同し、集計を誤る | 生成側の推論、表理解、実行ツール | 回答一致、数値・論理の正しさ |
| 不足や矛盾の認識 | 根拠が足りないのに断定する | 不確実性判定、回答保留 | 保留すべき設問と回答可能設問の識別 |
| 費用と更新 | 正しくても遅い、追加データの反映が重い | 検索回数、モデル分担、索引、増分更新 | 遅延、トークン、構築・更新費用 |
表はP12、P50、RAGと推論のサーベイ、LIT-RAGBenchに基づく整理である。根拠への忠実性は「与えられた資料に従っているか」であり、その資料自体が正しいかという問題も別に残る。
技術動向は検索と推論の連携
近年の主要な方向は、検索結果を一度だけ渡す構成に加え、問いを分解し、得られた根拠を使って次の検索を決める反復的な構成である。2025年のRAGと推論のサーベイは、推論で検索を良くする方向、検索で推論の前提を補う方向、両者を交互に行う方向を整理している。エージェント型はこの反復やツール選択を担う設計として位置付けられる。ただし反復回数の増加は、遅延と費用、誤りの伝播を生むため、停止判断や検索量の制御が課題になる。RAGと推論のサーベイ
GraphRAGは、関連性をグラフとして使う一つの系統である。KG2RAGは検索したチャンクの近傍をグラフで広げ、取得した根拠を整理する。Paths-over-Graphは複数の対象をつなぐ推論経路を探索する。LightRAGは具体的な実体と抽象的な関係・テーマの検索を組み合わせる。同じ「グラフ利用」でも狙う問題は異なる。P50、P51、P47
加えて、文字・ベクトル・グラフなどの検索を組み合わせる方向と、表やページ画像の視覚的な情報を保持する方向がある。グラフはRAG全体の標準必須要素ではなく、関係性の探索や根拠の組織化を改善するための選択肢と捉えるのが適切である。P48、文書検索サーベイ
検索指標と回答指標は一致しない
KG2RAGのHotpotQA distractor設定におけるアブレーションでは、グラフによる検索拡張を外すと、検索F1は0.436から0.473に上がる一方、回答F1は0.663から0.626に下がった。取り込むチャンクが減ることで検索の適合率は上がっても、回答に役立つ追加証拠を失う場合がある。したがって検索だけの最適化で、最終回答の改善を保証することはできない。P50、原資料のTable 3
また、LightRAGの主評価はLLMによる回答の一対比較であり、網羅性などの観点でどちらが好まれるかを測る。これは事実の正答率そのものではない。日本語の社内人材検索の研究でも、提案手法の選好率0.639は回答の正確性とは区別されている。評価指標の違う結果を並べて万能な順位を作ることはできない。P47、P64
最近の評価は生成側の失敗も切り分ける
LREC 2026のLIT-RAGBenchは、検索品質から独立して生成側を評価する。統合、推論、論理、表、回答保留を対象に、日本語114問と人手確認した英語版を用意した。架空の実体を使う点は、学習済みの知識だけで正答する影響を抑える工夫である。一方、設問数の少なさと分類間の偏り、LLMによる採点という制約がある。LIT-RAGBench
長文書では、全部をモデルに渡す方法も比較対象になる。日本の有価証券報告書を用いた研究では、ページ単位RAGは章をまたぐ連続記述を取りこぼし、長文入力にも年度混同などが生じた。この結果は特定の文書・15問・チャンク設定に依存するため、「何ファイルまでなら長文入力」といった一般的な上限には置き換えられない。P63
横断技術としての構造化出力
Structured OutputやConstrained Generationは、JSONなど指定形式を守って出力するための技術テーマである。情報抽出、ツール呼び出し、オントロジー生成など複数の領域にまたがる。「情報の構造化」全体と同義にすると、形式を守る課題と意味を正しく扱う課題が混ざる。P44、P45
主なアプローチは、プロンプトによる指定、形式に合わせた追加学習、出力可能な次のトークンを文法・スキーマで制限する制約付きデコーディング、生成後の変換・検証である。SLOTは小型モデルで自由記述をJSONへ変換し、学習と制約付きデコーディングを組み合わせる。P44
SLOTのMistral-7BとXGrammarの組合せでは、5テストセット平均のSchema Accuracyは99.5%、Content Similarityは94.0%だった。後者は値の意味的類似度に基づく独自指標であり、事実正答率94%という意味ではない。元の文章に誤りがあれば、形式を整えるだけでは訂正できない。深い入れ子や、曖昧な内容のフィールドへの割当ても課題として残る。P44、原資料のTable 2
評価では、構文として読めるか、スキーマに合うか、必要な項目が揃うか、各値が原資料に支持されるかを分ける。これは他の領域の研究結果を読む際にも共通する観点である。
最近の技術トレンドをどう読むか
複数の研究で確認できる方向と探索段階の方向
| 方向 | 解決したい問題 | 根拠と位置づけ |
|---|---|---|
| LLMと小型モデル・検索・ルールの組合せ | 精度、費用、制御性の両立 | 情報抽出サーベイ、Magneto、Agent-OM、SLOTで確認できる、複数領域に共通する設計方向 |
| 文字・画像・配置を合わせた処理 | OCRやテキスト化で失う証拠 | 文書理解・文書検索のサーベイが体系的に扱う主要な研究方向 |
| 少数例・合成データ・追加学習による適応 | 注釈不足、未知の型や分野 | 情報抽出サーベイ、Self-Prompting、LLMs4OLで確認。合成データの品質と評価分離が課題 |
| 検索と推論を反復する構成 | 一度の検索では集まらない前提 | RAGと推論のサーベイが整理する活発な方向。一般的な普及率や一律の優位を示すものではない |
| 出典・文脈・人の確認を組み込む処理 | 誤りの検出、専門分野の意味、修正可能性 | MDKG、Dango、DRAGON-AIなどの具体例。全自動化の完成を意味しない |
| 増分更新、知識衝突の解消、適応的な検索量制御 | 鮮度、規模、運用費用 | 増分構築には実装例があり、矛盾解消や総合的な制御はサーベイで未解決課題としても扱われる |
根拠:P20、P29、P30、P35、P38、P40、P42、P44、P54、生成型情報抽出サーベイ、文書理解サーベイ、文書検索サーベイ、RAGと推論のサーベイ。
ここで「主流」を単一方式の勝利と読むのは適切ではない。サーベイで独立した系統として整理され、複数の採録研究で具体化されている方向と、一つの論文が提案する方向を区別する。今回の選定件数は全出版物の無作為標本ではないため、研究者の何割が採用しているかは算出していない。
分野を横断して残る課題
第一に、未知のデータへの一般化である。公開された語彙やベンチマークでの成功が、企業固有の列、専門用語、見慣れない文書配置に移るとは限らない。データ統合、オントロジー学習、文書理解で共通して現れる。P37、P08、Mind the Data Gap
第二に、部分的な正しさを全体の正しさへ結び付けることである。文字認識、項目抽出、名寄せ、関係生成、回答生成のどこかに誤りがあると、後段へ持ち込まれる。項目F1、JSON形式の成功率、グラフの規模、回答の好ましさは、それぞれ異なる側面を測っている。P24、P62、P44、P47
第三に、品質と処理費用の両立である。大きなモデルや反復的な推論が役立っても、処理時間、更新頻度、人の検証量を含めて優位であるとは限らない。そのため、候補を絞る、小型モデルへ仕事を移す、既存の知識を再利用する、人に確認する箇所を選ぶ設計が研究されている。P22、P29、P30、P54
研究成果を比較するときの確認点
論文を比較するときは、まず対象タスクと入力条件を揃える。正解のエンティティが入力で与えられる関係抽出と、生文書からの抽出は違う。正しい根拠が与えられるQAと、根拠を探すところからのRAGも違う。
次に、評価指標が目的に対応するかを見る。正答率やF1だけでなく、網羅性、出典への忠実性、論理的整合性、誤答を保留する能力、遅延も検討対象となる。人やLLMの選好は、有用性の評価として読めるが、事実正確性と同じではない。
最後に、発表年と実験時期を分ける。2025年掲載でも古いモデルや2023年までの文献を対象にしている場合がある。「その実験条件では何が分かったか」と「2026年時点の研究方向は何か」を分けて解釈する。
業界資料が示す開発上の関心
MicrosoftのLazyGraphRAGは構築・検索費用の調整、IBMのDoclingは多様な文書形式の変換とローカル処理を扱う。富士通の資料は因果知識の統合や、KGを介した推論を扱っている。これらは研究課題が開発上の関心にもつながっている例として読む。企業自身の評価や構想を、学術的な一般合意や分野全体の性能として扱わない。D01、D02、D03、D04
特に、文献に書かれた因果関係を抽出することと、データから因果効果を同定することは異なる。因果という名前のグラフを作るだけで、施策の効果が検証されたことにはならない。D02
調査範囲と根拠の扱い
対象と限界
選定済みの69件は論文65件(英語57件、日本語8件)と業界資料4件である。既存の要約は全文ベース61件、要旨等のみ8件。保存PDFは60本あり、P21は本文全体ではなく出版社の見本1ページである。これに、領域の一般的な区分を確認する学会公式資料4件と、偏りを補う採録論文5件を補足した。
本調査は、上記6領域のうちLLM・文書・データ・知識の接点を中心とする研究動向レビューである。情報科学全体、形式論理全般、情報検索全般、データベース内部の研究を網羅する体系的レビューではない。元リストは知識グラフ関連が厚いため、一般的なRAG評価、生成型IE、企業データ統合、視覚文書検索を補った。それでも技術の採用率を推計できる標本にはならない。
対象期間内の学会・学術誌発表を中心にし、日本語の研究会・大会発表も含めた。査読付きの本会議論文、共有タスク、研究会報告、業界記事では根拠の性質が違う。期間以前の初期公開版を読んでいる資料は、掲載年と読了版を区別する。
解釈に影響する資料の制約
| 対象 | 制約と本レポートでの扱い |
|---|---|
| P10、P11、P21、P25、P36、P46、P52、P61 | 要旨等のみ。未確認の実験詳細や効果量を主要な結論に用いない |
| P02、P18、P57など | 正式掲載前の版を読了。P02は2024年9月版、P18は2023年12月版、P57は2024年8月版で、掲載年の最新動向を代表するとは限らない |
| P06 | 2025年掲載だが分析対象は主に2020〜2023年。BERT利用比率等を2026年の主流の根拠にしない |
| P07 | 2024年以降の掲載でも文献検索は2023年5月。公理学習の概念・評価課題を理解する資料として用い、当時のLLM研究の少なさを現在に延長しない |
| P08 | ACL 2026の公式掲載を確認。サーベイの掲載年と、集約されたモデル評価の年は区別する |
| P14、P22、P31〜P34ほか | 著者公開版・プレプリント版を読了したものがある。原資料の版の注記は各要約とCSVに記載 |
| P38 | サブタスクごとの参加数・難しさが違う。平均F1の順位をモデル一般の順位にしない |
| P47、P64 | 主な結果がLLM評価または人の選好。事実正確性の直接評価とは区別する |
| 日本語の大会・研究会発表 | 対象が限定的な研究や主観評価を含む。実験条件を越えて一般化しない |
補足した学術論文
補足資料は下記の範囲を確認した。全69件の個別要約を再度全文精読したことや、補足論文全ページを精読したことを意味しない。主要な数値は保存PDFまたは公式掲載本文に戻って照合した。
| 補足論文 | 掲載先 | 補う観点 | 今回の確認範囲 |
|---|---|---|---|
| A Survey of Generative Information Extraction | COLING 2025 | 適応・汎化、モデル協調、統一型IE | 公式書誌・要旨、本文冒頭と分類の該当箇所 |
| A Survey of RAG-Reasoning Systems in Large Language Models | Findings of EMNLP 2025 | 検索改善・推論改善・両者の反復を分離 | 公式書誌、本文の分類・課題節 |
| Roles of MLLMs in Visually Rich Document Retrieval for RAG | IJCNLP-AACL 2025 | 画像を保持する検索と情報損失 | 公式書誌、要旨・序論・方式分類 |
| Mind the Data Gap | CIDR 2025 | 公開表と企業データのギャップ | 公式書誌、本文のデータと評価節・Table 2 |
| LIT-RAGBench | LREC 2026 | 検索と生成の分離、回答保留、日英評価 | 公式書誌、本文の定義・関連研究・評価枠組み・限界節 |
本文の領域間の関係、共通課題、技術動向のまとめは、引用資料を照合した本レポートの解釈である。個別論文の実験結果は対象・指標・条件とともに示した。原資料のURLと既存の個別要約は以下から辿れる。
選定済み資料の一覧
資料一覧・個別要約(69件)を開く
全69件。分類は選定時の管理分類を保持している。本文の研究領域との一対一対応を意味しない。『全文』は既存の読了記録で、図表画像や正式掲載版との差分の未確認を含む。引用数は2026年10月6日のOpenAlex取得値で、研究の普及率や品質順位を表さない。
枠組み・サーベイ
構造化とは
| 要約とPDF | 資料と原文 | 発表先と日付 | 読了範囲 |
|---|---|---|---|
| P13 | A Survey on Retrieval And Structuring Augmented Generation with Large Language Models | ACM SIGKDD Conference on Knowledge Discovery and Data Mining (KDD 2025) 2025-08-03 | (全文) |
| P14 | Textual Factors: A Scalable, Interpretable, and Data-Driven Approach to Analyzing Unstructured Information | Management Science 2025-10-14 | (全文) |
情報抽出
文書解析・表
スキーマ・オントロジー
知識グラフ構築
構造化出力
| 要約とPDF | 資料と原文 | 発表先と日付 | 読了範囲 |
|---|---|---|---|
| P44 | SLOT: Structuring the Output of Large Language Models | EMNLP 2025 Industry Track 2025-11 | (全文) |
| P45 | Large Language Model-Driven Structured Output: A Comprehensive Benchmark and Spatial Data Generation Framework | ISPRS International Journal of Geo-Information 2024-11-10 | (全文) |
| P46 | Retrieval augmentation for text-to-table generation | Information Processing & Management 2025-04-08 | (要旨のみ) |
構造化知識の利用
データ整備
| 要約とPDF | 資料と原文 | 発表先と日付 | 読了範囲 |
|---|---|---|---|
| P53 | Automated real-world data integration improves cancer outcome prediction | Nature 2024-11-06 | (全文) |
| P54 | Dango: A Mixed-Initiative Data Wrangling System using Large Language Model | CHI Conference on Human Factors in Computing Systems (CHI 2025) 2025-04-24 | (全文) |
| P55 | OneNet: A Fine-Tuning Free Framework for Few-Shot Entity Linking via Large Language Model Prompting | Conference on Empirical Methods in Natural Language Processing (EMNLP 2024) 2024-11 | (全文) |
| P61 | 仮想スキーマ構造化によるデータレイク向けテーブルフォーマットの提案 | 電気学会論文誌C(電子・情報・システム部門誌) 2026-08-01 | (要旨のみ) |
応用
| 要約とPDF | 資料と原文 | 発表先と日付 | 読了範囲 |
|---|---|---|---|
| P56 | Automating construction contract review using knowledge graph-enhanced large language models | Automation in Construction 2025-04-12 | (全文) |
| P57 | Enhancing supply chain visibility with knowledge graphs and large language models | International Journal of Production Research 2025-11-05 | (全文) |